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アメリカ的3つの潮流

 私はどちらかといえばヨーロッパ系の映画を多く見ます。いや、アメリカ映画が嫌いというわけじゃないのですよ。だって、これまでの人生で見た中で一番好きな映画をあげろといわれたら、出てくるのはやっぱりアメリカ映画。昭和30年代生まれの私の人生にアメリカが及ぼした影響は大きい。映画も音楽も文化もファッションも、アメリカ抜きになんて語れません!

 でも、だからこそ。今のアメリカと、そして今の日本の中に流れる「アメリカ的なもの」への強烈な警戒心もあるわけで。特に、日本のビジネスシーンにおけるアメリカ的なものにとても違和感を感じることが多いです。横文字のビジネス用語も、企業の現状も、何がわかっているわけでもないから何を言っても鼻で笑われちゃうだけなんでしょうが。ま、でも苦手なのよ。嫌いなの>笑。
 そんな苦手のソースが詰まっている映画を今日は3本。この中に垣間見える現代の悪習(と勝手に私は思っている)について今日は書いてみようと思います。

 
不都合な真実 スペシャル・コレクターズ・エディション 不都合な真実 スペシャル・コレクターズ・エディション
ドキュメンタリー映画、アル・ゴア 他 (2007/07/06)
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン

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「不都合な真実」の映画自体に文句を言ったら、環境保護団体とかエコ系の人々から石が飛んできそうです>笑。でも私が注目するのは、この映画の骨子を構成している「プレゼンテーション」の技法。
 
大画面の左端から、どんどん上昇を続ける地球の気温。真っ黒な背景の中、真っ赤な棒グラフが会場の背景を左から右に上昇を続け、最後の一本の残したところでとまります。ここでゴアは「ちょっと待ってください。うまく使えるかな?」と、おもむろにスタジオ用のリフトに乗り込むことになります。上昇するリフト、上昇する最後の1本の真っ赤な棒グラフ。上がる上がる、どんどん上がって天井に近い場所でストップ。「このまま温暖化が進めばこうなります」と指し示すゴアは、はるか頭上。想定していた視界を越えることを体感した聴衆はここで、ただならぬ非常事態を感じることになります。

グラフの説得力を実際の距離感に置き換えて、聴衆の度肝を抜く演出。フラッシュインしてくる衝撃的な映像。多方面からの畳み込むようなデータの投入。そして突然挿入される、息抜きアニメーション。これもまた、聴衆を飽きさせない巧みな構成。いや、本当にお見事。

地球温暖化については、とりあえず横におきましょう。これはもっと慎重に語られるべきことで、この映画のプレゼンテーション技法とはまた別の場所に位置するものです。私にとってこの映画が興味深かったのは、ビジネスシーンで不可欠とされているプレゼンテーションの技法として、学ぶべきものがこの映画には多く含まれているからです。
さて、ではプレゼンテーションとはいったい何なのでしょうか。Wikipediaによるとこうした定義がなされています。

“どのような組織でも意識や情報を集団として共有しなければ、複眼的にその事案を検討して組織的に取り組むことができない。そのためにアイディア、計画、情報を複数の人間に対して同時に伝達することを目的として、プレゼンテーション(以下プレゼン)は実施される。”

なるほど、確かに。しかし、複数の競合の中から、企画の採用を決めるために行われるプレゼンテーションでは、ありのままの真実を伝えて共有するだけでなく、効果的に自分たちの主張を相手に納得させるための技法が必要となってきます。人の心理をたくみについて、驚きや、ショックや娯楽を織り交ぜたプレゼンテーション技法は、マイクロソフト社のパワーポイントなどの普及に伴い、どんどん進化している。

私がゴアのプレゼンを見て感じたのは、この手のプレゼンテーションは諸刃の刃だということでした。彼の言っていることはとてもシンプルなのです。講演は長いですが、その中で語れるのはさほど複雑なことではない。シンプルな現実を、多方面からのデータを効果的に見せ、アトラクションを盛り込んで深くインプットさせ、危機感、不安をいやおうなくあおった後、その後に取るべきアクションも情緒的に示唆する仕組み。

ニュートラルに事実を提示して判断を聞き手に任せるのではなく、これは明らかに「説得」を目的としたビジネスプレゼンテーションの技法です。
動く映像、ショッキングな展開でアトラクション化したプレゼンテーションは、時として「洗脳」に近い効果を生み出すこともあります。ここに「真実」と名をつけて適応されることは、私にはとても違和感があります。この手のプレゼンを見極める目を持ちましょう。切にそう思います。

 さて、では「真実」って一体何なんでしょうね。ここで私は思い出すのはこれ。

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ドキュメンタリー映画 (2004/11/12)
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 いや、もう手垢にまみれたような映画ですが。ごめんちゃい。
でもね。マイケル・ムーアの一連の作品は、「真実」とは一体何なのかを考える上で、私にはとても興味深い映画たちなんです。
 たとえば、同じ映像も切り取られ方によって、メッセージはいかようにも編集することができます。前後の脈絡を切り落とし、都合のいい場面をつないで、扇情的に構成すれば、事実はカンタンに別のメッセージに編集することができる。

 私は思うんです。この世の中にあるのは「現実」と「事実」だけ。その事実は数限りなく、さまざまな価値観と視点で存在している。ある人にとって正しいことも、対峙する側からはまったく違う主張にもなるわけで、たった一つの「真実」なんてどこにもありはしないのだ、と。
 マイケル・ムーアは、こうした編集の技法を用いて、「事実」を「真実」に変容させることのできる稀有な才能のある人だと私は思います。本来報道は、こうしたフィルターを通さず事実を伝えるのが仕事だと私は思います。でも、最近のニュース番組や新聞は、彼が行っているのと同じような編集作業を多く行うようになりました。

 「不都合な真実」で多用されたプレゼンテーション技法は、下手をすれば「洗脳」につながる力を持つと感じるのと同じように、メディアの過剰な編集技法の発達は、まさに「都合のいい真実」を作る原動力になってしまう。とっても怖い。

 最後に、アメリカ的表現技術の発達の中で見逃せないのが、私にとってはこれ。

 
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アーロン・エッカート.マリア・ベロ.キャメロン・ブライト.ケイト・ホームズ (2007/09/07)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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 主人公はタバコ会社が共同で運営する「タバコ研究アカデミー」の辣腕ロビイストです。ロビイストって何? ってえと、こういうこと。

「ロビー(「政治家の控室」の意味)で活躍する者の意味。政治的圧力団体の代理人として、政党や議員や官僚、さらにはマスコミや世論に働きかけて、その団体に有利な政治的決定を行わせようとする者。

 この映画の場合は、「たばこ産業」に優位な活動を行えるように配置されている、PRマンのことをロビイストと呼んでいます。背後で暗躍しながら、口のうまさであちこちを言い含めて、自分たちに都合のいい政策を通したり、販促活動を行っていくためのキーマンとなっているのが、この主人公ニック。

 彼の特技は「ディベート」です。そう、ディベートよ。いやあ、ほんとディベートってほんとにアメリカ的だなあと私が感じるもののひとつ。(アメリカに特化しませんけどね。でも日本にはなじまないものであるのは、確かという気がします)。
 この映画は、「タバコ」というどう考えたって勝ち目のない社会悪を、この主人公が「ディベート」の力を持って正当化していく悪戦苦闘を描いた作品です。

いやね、私はタバコ敵視派じゃありませんの。エキセントリックな嫌煙運動には距離をおいています。だから、こうしてある種絶対悪となったものを擁護する視点は嫌いではありません。それでもこの映画は、いけませんでした。決定的におもろくない。
 なぜか。それは、主人公がよって立ってる場所が「ディベート」だけだからです。

 相対する思想を批判したり、別の事実の側面に光を当てるためには、冷静なデータの提示と、新しい視点でのデータの読み解き方が必須だと私は思っています。たとえば

反社会学講座 (ちくま文庫 ま 33-1) 反社会学講座 (ちくま文庫 ま 33-1)
パオロ・マッツァリーノ (2007/07)
筑摩書房

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 社会学としては破綻しているかもしれないけれど、そこを論破していく上での手法が秀逸の本。おもしろいです。相手を言い負かすためには、それなりの有無をいわせぬデータや資料が必要だということがわかります。そうした「禁じてのデータ使用法」が満載。いくら口先がうまくても、根拠がなければ相手を納得させることはできません。

「サンキュー・スモーキング」を観ても、ちっとも胸がすく思いがしないのは、彼のロビー活動にこうした確固たる根拠がなく、ただ単なる「言葉遊び」に終わっているから。
結局は、釈然としないが知らないうちに術策にはまって言い負かされてしまった、という後味が残るだけ。そして、そこに安っぽい家族愛を盛り込んでしまったことで完全に主題を見失ってしまいました。もったいない。「たばこ」がテーマならもっともっとおもしろく作れただろうに。
あ! 違うか。タバコがテーマだったからこそ、ここまでしかできなかったのかもしれません。絶対悪を喝破する禁じ手のデータ提示なんてしたら、それこそこの主人公ニックのように、反対派につかまって拉致されてニコチンパッチを体中に張られて死に掛けてしまうからね。


昨年、小学校6年生だった息子の授業参観に行ったら、国語の授業で「ディベート」を試験的に行っていました。ま、これはひとつの技術でもあるわけで、知っておいたほうがいいことも中にはある。
でもね、私は息子には、ディベートの達人になんて、なってほしくありません。こんな技術を磨くぐらいなら、もっとほかにやるべきことはたくさんある。ビジネスシーンでディベート技術が問われる場面はたくさんあるとは思うけれど、でも

・プレゼンテーション技術と
・情報編集技術と
・ディベート能力

を備えたニンゲンなんて私は信用できないもんね。ぷん。そんな場所から発信される「真実」ほどうさんくさいものはない、と私は思うよ。
(でもさ、現実には上記3つを満たすビジネスマンって有能なんだよね、たぶん)。

ま、結局世の中の時流には乗れない私なのですな。とりあえず、武蔵野の端っこからほえてみました。
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