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不倫、男の視点、女の視点

危険な情事運命の女夫以外の選択肢スパングリッシュマディソン郡の橋愛の流刑地巴里の恋愛協奏曲

 最初にお断りしておきます。私は不倫容認派です。長い人生、いいじゃないの。夫や妻以外の異性にぐらりとくる時があっても。そもそも、中世ヨーロッパの文化はそんな土壌で培われてきたわけですし、世の中の多くの文芸作品は婚外恋愛から生まれている。否定するのは簡単だけど、否定してるだけじゃ何も語れないでしょ。きれいなところだけ見て生きることなんてできないもん。

 そういう私を、許せん! 女の敵だわ、と思う人はこれから先は読まないでちょうだい。おそらく最後までかみ合わないと思うので>笑


 世の中的には「不倫は悲劇の結末を迎える」ことになっています。多くの不倫劇は、相手を傷つけ、周りの人を巻き込み、最後にどろどろになって破綻していくシナリオが好まれていて、映画でもそんな不倫劇の名作が数々ありますね。「不倫は怖いよー。不倫しちゃだめよ。不倫はいけないことなのよ」という教育映画として金字塔を打ち立てたのはこの映画でしょう。

危険な情事 スペシャル・コレクターズ・エディション 危険な情事 スペシャル・コレクターズ・エディション
マイケル・ダグラス (2006/11/02)
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン

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 さらにいえば、「オバカちゃんが不倫するとこうなっちゃうのよ」という典型的な映画がこれ。
運命の女 特別編 運命の女 特別編
リチャード・ギア (2006/08/18)
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 危険な情事は、妻子もちが「結婚を望んでしまう独身女」に手を出した悲劇。後者2本は、「傍目になんの不満もない結婚生活を送ってる人妻がよろめいちゃった話」。いずれも、結果は悲劇。「恋に落ちちゃった」とばかりに自己陶酔したあげく、自分のおケツを自分で拭けずに相手も回りも傷つけまくる善良な市民の映画です。特に「夫以外の選択肢」はつける薬がないバカ夫婦2組の映画。ただ単に、夫や妻を傷つけるために誰かと不倫する。その相手に、夫の親友、妻の親友を選んでスワッピング状態になりながら、自らの運命を嘆いて「かわいそうなあたし」って。顔洗って出直してきなさい。あほ。


 不倫するならそれなりの覚悟がいります。覚悟だけじゃない、裁量が必要です。私が考える、一番大切な浮気のルールは「自分たち以外の誰も傷つけないこと」。つまり、傷つくのは自分たちだけという覚悟を持つことです。周りの人や相手をさんざん傷つけたあげく、自分だけしあわせになろうと考えるような輩は、婚外恋愛なぞできません。傷つくのは自分だけ。それが、不倫っつーもんです。だから、夫が浮気したから自分もしちゃえとか、相手を傷つけるために不倫してみるとか、そういうのはもう論外の論外。


きちんと裁量できる人なら、最後に自分が傷ついた結果も、人生のスパイスとして受け止められるもんです。地に脚をつけて、自分ひとりの心に納めてまた生きていく。そういう力量がある人なら、一度きりの人生、恋愛せずになんとする。

不倫がまわりの人を傷つけ、どろどろに愛憎劇になっていく背景には、「不倫はいけないこと! という罪悪感に苦しみながら」、ちっとも自分を制御できずに「恋に落ちてしまった純粋で善良な市民のあたし」に酔いしれてしまうメンタリティがあるんじゃないのかね。そんな幻想はどこにもないのよ、と地に足をつけてる女は、もっと賢い選択をして、不倫を生きる力に変えることだってできるわけで。
 そんな映画としてよくできているわねえ、と思ったのが前回紹介したこの2つの映画なわけです。

スパングリッシュ スパングリッシュ
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マディソン郡の橋 マディソン郡の橋
クリント・イーストウッド (2000/04/21)
ワーナー・ホーム・ビデオ

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(これはあまり好きな話じゃないけどね)


それでいくと、小説で、最近出された一番のアホ不倫小説とその映画はこれでしょう。

愛の流刑地〈上〉 愛の流刑地〈上〉
渡辺 淳一 (2006/05)
幻冬舎

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 こんなもんを愛だとかなんだとかいえてしまう神経は、ご本人が出した著書

鈍感力 鈍感力
渡辺 淳一 (2007/02)
集英社

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著者がそのままの感性だとしかいいようがありませんわ。ほんとに嘆かわしい。

 何が愛しているなら殺して、じゃい。相手も回りも傷つけまくりながら恋に落ちていくあたし、ぼくちんにロマンを感じるというのは、つける薬がないほど幼稚な自己愛でしかありません。そんなもんに萌える人が多いなら、日本はまことに幼児性自己愛の塊じゃないのさ。
 わかもんが騒ぐならまだ救いがあるが、大新聞の連載でおもろいおもろい、と読んだ立派な社会人がいるのなら、もう救いがいたい。そんな幼稚な自己愛でマスターベーションする輩に、不倫は無理よ。やめときなさい、ね、ね。


 それにしても。不倫したくって仕方ない男どもが作る不倫劇に、なぜ美しく楽しく不倫が成就した映画や小説が少ないのでしょうか。願望をそのまま形にしたものがあっていいんじゃないのかね。たとえば、小池真理子や瀬戸内寂聴の小説などには、不倫が悲劇であるにせよ、そこを乗り越えて違う人生を掴み取る女性の物語は数多くある。成就しない不倫が招く悲劇の結末を描く映画の作り手の多くが男であるという事実を、あたしはどう受け止めればいいのか、しばし途方に暮れることがあります。

 不倫の是非とか、婚外恋愛をどう考えるとか。善良な市民面下げてヒロイズムに浸る人がいたら、ぜひこの映画を見てください。

巴里の恋愛協奏曲 巴里の恋愛協奏曲
オドレイ・トトゥ (2005/05/06)
タキコーポレーション

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 夫がいるマダムに言い寄る人が当たり前のように多数。ヨーロッパの不倫文化の成熟度を垣間見る映画。おばちゃんに言いよるおじちゃんたちは、こんなセリフであしらわれていきます。「私には愛人(アマン)がいるのよ」。夫がいるのは当たり前。お断りの理由は夫ではななくアマンですわ。見事あっぱれ。

 そんな中で、いい男に見向きもされない小娘たるオドレィ・トゥトゥ(アメリの女の子)は、好きな男にこう諭されます。「二番目に好きな男と結婚して、一番好きな男と不倫しな」。

 大義名分で潔癖に道徳論をふりかざしすぎず、ニンゲンのあるがままの感情の、きれいな部分も裏がわの部分もちゃんと見る。傷つくのは自分だけ、と自分のオケツは自分で拭き、地に足をつけてたくましく生きる。あたしゃそう生きたいね。  

 不倫劇でじたばたの殺人や傷つけあいの映画を見るたびに、「ケセラセラ」といいたくなります。ニンゲン、適当力が必要です。ハリウッドの体のいい不倫是正教育映画を作る人には、ぜひこの手帳を使っていただきたい。誰か英訳してやって。

適当手帳 適当手帳
高田純次 (2006/11/11)
ソフトバンククリエイティブ

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「危険な情事」

危険な情事『危険な情事』はフランスのフィリップ・ラクロの書簡小説である。フランスの旧体制下における貴族の、陰謀に満ちた退嬰的な恋愛生活と、駆け引きを描く。『危険な情事』 (FATAL ATTRACTION)は、上の小説を原作とする1988年公開のアメリカのサスペンス映画である

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