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歌手の魂、女優の魂

エディット・ピアフ~愛の讃歌~ (2枚組)エディット・ピアフ~愛の讃歌~ (2枚組)
(2008/02/22)
ジェラール・ドパルデュー、カトリーヌ・アレグレ 他

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シャンソンに思い入れのない人でも、どっかで聞いたことはあるのがエディット・ピアフの名前。

とはいえ、ピアフって日本で有名な「愛の賛歌」とか「ばら色の人生」みたい流暢に歌い上げるような歌よりも、ダミ声の大声量で早口でまくし立てるような、ちょっとコミカルな歌い口で人気を博した人でもあるんですよね。

そんなピアフの生涯を、マリオン・コティヤールが演じてアカデミー賞を受賞したこの映画。
もう、コティヤールの演技に、心底感服です。
「世界で一番不幸せな私」「プロバンスの贈り物」の、あの女優さんとは思えません。えらい! これぞ女優魂だと思います。

ピアフとは、こういう若手の女優に心血を注いで演じたくさせる存在でもあるのだと思います。それだけ、フランス人の心の中に、パリという町の象徴として生き続けている存在、ピアフ。

日本では副題で「愛の讃歌」と入っていますが
原題は

La Mome

小さな小雀といういみの ラモーム・ピアフ
彼女の最初の芸名で愛称でもあったラモームというのが原題で
映画の中でも、愛の賛歌はテーマにはなっていません。
愛の賛歌は日本では甘くロマンチックな歌詞がついてシャンソンの代名詞のようになりましたが、もとはとても過激な歌詞です。
あなたのために盗む、殺す、という唄。
(ちなみにマイ・ウエィもシナトラがポジティブな詞で一斉を風靡しましたが、シャンソンのもとの唄はいつもとなんにもかわらない朝、それであなたは出ていっちゃった。。。という非常にアンニュイな詞。日本でのヒットとはちょい違うもとの唄の背景ってのはあるもんで)。

フランス版の予告では、日本題の「水に流して」がメインに使われています。
私は、こちらの歌のほうが、ピアフという歌手の特徴と、その生き様をあらわしている気がして、その意味では最後がこの歌で終わっていくのは、とてもとても印象的。

Rien! Rien de rien
Non! Je ne regret rien!

Rの発音を巻き舌にしながら激しく、静かに吐き出される
「絶対、絶対、絶対に! 私は絶対に後悔しない!」
そう歌いながら果てていくピアフ。

一人の尊敬される歌手の魂と

その存在に敬意を払いながら心血を注いだ
一人の若い女優の魂が
見事にぶつかりあった手ごたえがずしんと残る映画。

NYでデートリッヒと出会うシーンが秀逸。
デートリッヒとピアフ。
最高に贅沢な再現フィルムだと思います>笑


こんな風に、偉大な歌手の魂と
そこに敬意を払いながら心血を注いだ女優の組み合わせが秀逸なのが
大好きなもう一本のこの映画。

ローズローズ
(2007/07/27)
ベット・ミドラー、アラン・ベイツ 他

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27歳で逝ってしまった伝説のジャニス・ジョプリンを、ベッド・ミドラーが演じています。
「水に流して」を歌いながら果てたピアフ。
そして「ローズ」を歌いながら、逝ってしまったジャニス。

歌うために生まれてきた二人の女性は
現実では決して幸福な人生を歩まなかったけれど
でもその魂の叫びが
いま、この時代になっても胸を引き裂かれるような感動をもたらしてくれる。
歌ってすごいなあ、とほんとに思います。

そんな歌のちからのすごさと
さらには
女という存在の底力を見せてくれたのがこの映画でした。

TINA ティナTINA ティナ
(2006/01/25)
アンジェラ・バセット、ローレンス・フィッシュバーン 他

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ティナ・ターナーの半生を演じたのはアンジェラ・バセット。ティナを上回るとさえ思わせる、パワフルな熱唱ぶりはたいしたもんです。そして何よりも、黒人として、そして搾取される女として、DVに耐える妻として、弱者の場所から自分を取り戻して、自立していくティナの姿が、痛みを伴うすがすがしさで身に迫ってきます。

女は、もろく、弱く
そして強い。

そんなたくさんの心のひだを持つ魂があるからこそ
彼女たちの歌は多くの人の心を動かし続けているのかもしれないなあ、って思います。

歌手の半生を描いた映画はたくさんあるけれど
私は、女として
この3本の映画が大好き!

女性歌手の魂と
それを演じた女優の魂に
心から賛辞を送りたい映画です。

「大好き」が作る世界の力

週刊文春に近田春男さんが長いこと音楽のコラムを連載してます。
ここで、前に「いい音楽ができる前提には、グループの人間関係がよくて仲がいいってことは、とても大きな要素だと思う」とみたいなくだりがあり(クロマニヨンズのCD紹介の回だったと思います)。

へー、そういうものかあ。でも言われてみるとそうだなあ。やっぱりメンバー同士がいいコミュニケーションができていて、なんとなくいい波動をかもしだしている場所には、継続的に長くいい感じのものが生まれていくように思います。仲が悪いとうわさのグループでも、突発的な瞬発力は生まれると思うのね。でも、やっぱり大切なのは「作り手がその世界をみんな“大好き!”って思っていられる」とか「やってることが楽しくて仕方ない! って空気感に満ちている」ってことなのかも、と。楽しい、大好き、面白い! と思える力ってすごく大きい。だから、そういう力が集まる場所には、やっぱりいいものが生まれる。そんな気がします。


 というわけで、今回の映画は「きっとスタッフの関係がとってもいいよね」「すごく楽しく撮った映画だよね」と思った映画を2本>笑。この2本は私の映画ライフの中でも、特別「お気に入り」の部類の入る作品です。監督はテリー・ツワイゴフ。かなりアクの強い映画ですが、こういうはっきりしたカラーのある映画が、私は大好き!

ゴーストワールド【廉価2500円版】ゴーストワールド【廉価2500円版】
(2007/03/02)
ソーラ・バーチ、スカーレット・ヨハンソン 他

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 全米の若者の間でカリスマ的人気を誇るダニエル・クロウズの新感覚コミックの映画化です。「アメリカン・ビューティー」で危うげな少女を演じたのソーラ・バーチと、ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」で不機嫌そのものの女子を演じたのち、最近ではブライアン・デ・パルマの「ブラックダリア」やウディ・アレンの「マッチポイント」などでクラシックな美貌のヒロインを演じるようになった、スカーレット・ヨハンソンの2人が主人公。

 ハリウッドの青春映画なんかでは、若いもんがみんな表情豊かで大げさな美男美女が登場するけど。でもさ、実際のティーンエイジャーって、この2人の主人公みたいに無表情ですねてて、素直じゃなくてひねくれたくだらないことばっかりやってるものなんじゃないのかなー。大げさな反抗も事件も起こさず、ただただ日常と不機嫌に格闘する子たち。そんな意味で、この主人公たちの2通りの思春期のもてあまし方に、とてもリアルを感じた映画。

 冴えない中年男を演じるスティーブ・ブシェミが最高の存在感をかもしだしています。「パリ・ジュテーム」でもコーエン兄弟の作品で強烈なインパクトを残しているブシェミですが、この映画も、彼がいなければ成立しなかった映画。

 ファッション、音楽、全体に漂うこの空気感。そして配役の妙。最後の顛末が意味深ですが、見る側の精神的状態によって解釈も変わる、というこういう終わりかたも、私は嫌いではありません。

アートスクール・コンフィデンシャルアートスクール・コンフィデンシャル
(2007/04/18)
マックス・ミンゲラ、ソフィア・マイルズ 他

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 こちらもテリー・ツワイゴフ監督。ダニエル・クロウズ原作コミックを映画化したものです。
アメリカのアートスクールを舞台に、ピカソのような世界的アーティストを夢見てアートスクールに入学した青年ジェロームが巻き込まれる奇妙な事件を描いた作品。

 すべてがブラック。直球ど真ん中のギャグはありませんが、どれも気づけば、口の端がゆるんでニンマリ。そのあとに、心の奥底からおかしさが湧き出してくるような、そんなシーンが満載のブラックコメディです。
 長いこといろんな映画を見ているけれど、私は「ほんとのほんとに、こういうシニカルな視点の映画が大好きだわああ」と、見終わったあと妙な満足感に浸りきった映画。


 さて、この2作。見終わってから、DVDについている特典映像を見ていて、この不思議な世界が作られてきたルーツが少しわかったような気がしました。

 監督であるテリー・ツワイゴフ。顔は、なんだかチャップリンみたいです。映画の神様、チャップリン。目はちょっとニコラス・ケイジに似ています。気難しそうでやさしくて、ちょっと頑固でシニカル。そんな風貌。この監督を取り巻くスタッフは、前者「ゴーストワールド」とこの「アートスクールコンフィデンシャル」では、ほぼ同じなのです。超低予算というあたりも共通。

 インタビューや、撮影風景を見ていると、この現場の雰囲気が伝わってきます。好きで好きでたまらない世界を、仲間で楽しく撮ったという感じ。なんというか、画面から「楽しいねえ」という雰囲気が伝わってくる。いいなあ、こういう現場。


 映画って、それはそれはたくさんの人たちで作り上げる世界です。どんなに監督が立派でも、現場のスタッフたちとうまくやっていけなければ、映画はほころんでしまう。
 このテリー・ツワイゴフ監督を取り巻く現場の作り手たちの根っこは、目指している場所や、思いのありかが揺るいでいない気がします。頼まれて仕事をパーツで引き受けているだけ、って雰囲気がなくて、みんなツワイゴフのまわりで楽しんでいる感じ。だから、さまざまな風景の断片で世界を構築するという、かなり難しい世界観が、最後まで無理やほころびがなくちゃんとエンディングに収まっていく。とっても上手。

 スタッフの一人が監督を評して、「彼はとっても素敵。すごくシニカルなんだけど、でもどこかでたまらなく無邪気なの」と評しています。そう話しているスタッフ本人が、いとおしそうな、楽しそうな表情をしている。無邪気なシニカルさを楽しめる人たちが集まって、こういう人間関係を結べる場所で仕事ができるって、うらやましいなあと思います。作品の出来を、こういう場所が左右することもあるんじゃないか、なんて思ってみたりもします。



 もうだいぶ前のことになりますが、私は企業で文化事業の企画の仕事をしていました。キューレーターとディレクターを兼ねた仕事を長く続ける中、自分の仕事の行き先を見失って、もう会社をやめようと上司に相談したことがありました。

 そのとき、その上司にかけられた言葉が、その後の私の仕事に対する姿勢を大きく変える転機となりました。彼は「辞めたい」と言った私に、こう声をかけたのです。

「おまえは、もしかして会社のために企画を考えていないか?」

え? だって会社の企画を考えるのが私の仕事ですから。

「だからいけないんだよ。会社の利益とか、会社のためとか、そういうことを一切考えずに企画してみろ。お前が一番好きで、一番楽しい、やってみたいと思うことをそのまま素直に企画する。辞めるのは、それをやってみてからでいいんじゃないか?」。


 私の好きなこと? 会社の仕事で、そんなことをしていいの? バリバリのサラリーウーマンだった私は、当時目からうろこでそんな話を聞き、それから素直に会社の事業とはまったく関係がない、「私が大好き、私が楽しい」と思う世界を、企画にして実現していきました。

 結果。それまでの何よりも、この企画は受け入れられて、多くの入場者や参加者を集めたんです。好きだという気持ちが生み出す力。楽しいと思う心が集める人たち。このときに作った実績が、私自身の心の大きな糧にもなって、今の私を形作っている気がします。


 好きって力は、とってもとっても大きくて、そういう心を共有できる人たちと作り上げる場所には、絶対にいいものが生まれると思っています。そういう「好き」という気持ちを、私自身もちゃんと、ずっと持ち続けていたいものだとも思います。
 映画を見るとき、この映画はどんなスタッフたちで作ったのかな? とよく思います。いい気が流れるスタッフで作った映画は、やっぱり画面にそんな足跡が残っているような気になります。


 映画って作るのもとっても大変そうだけど、そういう意味で、たくさんのスタッフたちとの共同作業がうまくいったときのうれしさ、達成感みたいなものは、格別なんだろうなあなんて思って、いつも一人で原稿を書いている私は、ちょっとうらやましい世界でもあります。(ま、大変なこともいっぱいありそうで、その意味では私って一人で気楽でいいでしょうー? とも思うんですけどね>笑)。


 ちょっとシニカルな世界が好きな方は、ぜひ見てみてほしい映画2本。特に「アートスクール・コンフィデンシャル」で多数登場する「アートの傑作」となっている作品の出来にご注目。しみじみ、むしょうにおかしいです。大好き! 

身の丈に合わないブランド映画

あれ、なんだろうこの映画? と思ってDVDをふと手にして、期待せずに見たらなんだかとってもよかった! そんな映画が私は好きです。で、偶然そういう映画に出会えたりすると、なんだかすごく得した気分になります。

一方で、「この監督のこの映画」「この俳優のこの映画」というブランドを背負って、いやがおうにも見る前の期待度が高まる映画というのもあるわけです。ジョージ・ルーカスのスターウォーズシリーズなんていうのは、もうそのブランドだけでわくわく楽しめて、まあ、中身はどうであれ劇場に足を運ぶことそのものがイベントとなって楽しい。007シリーズも大好き。このあたりはもう、ディズニーランドに行くのと同じ感覚>笑。


そんな監督や俳優、シリーズもののブランド映画。みんなが知ってる有名ブランド(でも自慢してこれみよがしにもつのはちょっとかっこ悪い=ヴィトンやシャネルみたいなブランド)から、知る人ぞ知る老舗の堅実ブランド、さらにはマニア垂涎のインディーブランドまで。いろんな楽しみ方があるわけで。正しく楽しめる場合もあるけれど、時にはブランドがアダとなったり、ブランドが邪魔をする映画もあります。今回は私にとっての、「つらかったブランド映画」ってのをテーマにしてみました。

1作目は新作のこちら。
スウィーニー・トッドスウィーニー・トッド
(2008/01/12)
ティム・バートン、マーク・ソールズベリー 他

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まだDVDが出ていないので書籍のリンクでごめんなちゃい。

ティム・バートンとジョニー・デップのコンビなら、面白くないわけがない。ってか、このコンビの映画には、「シザー・ハンズ」からの流れを引いた、正攻法の娯楽映画とは違う、えもいわれぬ不思議なサブカルテイストがあるわけなんですが、ま、この「サブカル風」ってのがすっかりメジャーを凌駕する路線になっているわけで、その意味でもこの二人は今やとっても正しい「大衆映画」の担い手となっているように思います。

んなわけで、「面白くないわけがない」と見に行ったこの映画。
えっと。
見た人のどれだけが支持しての、アカデミー賞ノミネートなんでしょか。日本で見た人のどれだけをもってしてのヒット作なんでしょか。
もう意味不明。舞台作品が元になっていますが、そっちのほうがいいだろうなあ、きっと。
「あの」ティム・バートンと「あの」ジョニー・デップのブランド映画。面白いに決まってるでしょ? ほら、これが面白い映画なんだよ。これがクールでシュールな映像なんだってば。そんな無言の空気が始終映画館を支配していたようにも感じた2時間弱。ああ、いったいどこに行くんだ、ティムとジョニー。あ、面白かった人もいますか? ま、ブランドの好みは人それぞれですからね。仕方がありません。


そういえば、私にとっていい意味でも悪い意味でもの最大のブランド監督はこの人です。
ジャン・リュック・ゴダール。

名前は誰もが知っているヌーヴェルバーグの旗手。若いころからあこがれていた有名ブランドのバッグのような存在。ヌーヴェルバッグ、、、、なんちゃって(おやじか、お前は)。
なんたって、このゴーダールというブランドは私の若いころに「勝手にしやがれ」っていう超有名バッグを作って一世を風靡したのです。ああ、あれは素敵だったわねえ。忘れられない。見てよこのジャケット写真。こんなかっこいいもんを10代にリアルタイムに近い形で楽しめたなんて、私はほんとに幸せだわ。

勝手にしやがれ勝手にしやがれ
(2002/09/27)
ジャン・ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ 他

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だから、新作が出たら迷わず手にするわ。あったりまえじゃないの!

アワーミュージックアワーミュージック
(2006/05/26)
ナード・デュー、サラ・アドラー 他

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これよ! これ、と。わくわくと手にして実際に持ち歩いてみると「あら、これじゃ私の財布は大きすぎて入らない。携帯も化粧ポーチも入らない。財布とポーチを買い換えないと使えないかも。電車に乗ろうと思ったら、改札口でバッグが開かなくてすっごい苦労。ってか、これ。すっごい使いにくくない??????」
…ってなことで、実際には結局持ち歩かなくなってしまうようなそんなブランドのバッグみたいだった「アワー・ミュージック」。
続いて手にしたパッションも、ううむぅううう。


もう見ない、もう手にしないぞ! そう言い聞かせているのに、でもね。新作が出ると「あら、やっぱりこの口金の装飾はとってもきれいねえ。刺繍が丁寧で、さすがだわ。」なんて楽しんでしまう。使い勝手はこの際どうでもいいのね。だってゴダールブランドなんだから。
ま、そう思って見続けているのですが、中身よりブランド名と思わせちゃった時点で作り手としては、もうおしまいじゃないの? (涙)


さてさて。
そんな老舗ブランド。ゴダールの場合は「わけわかんね」とか「彼の時代はもう終わったってことよね」なんてことを、まさに勝手にしやがれ状態であれこれ書き散らせるわけなのですが。同じブランドでも、口が裂けてもそんなことは言ってはいけないような気になる監督というのも、います。

永遠の語らい永遠の語らい(2005/01/28)
レオノール・シルヴェイラ、ジョン・マルコヴィッチ 他

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マノエル・ド・オリヴェイラ。1908年ポルトガル生まれの奇才。『アブラハム渓谷』(93)や『階段通りの人々』(94)でも有名なこの監督は、60歳を過ぎたころから旺盛な創作意欲を見せはじめ、1990年から2003年までの間は、一年に1本づつコンスタントに作品を撮っています。す、すご。。。。ってか、こわ。これってつまり82歳から95歳の間にですよ、95歳! このエネルギー、この執念。

「観客の感情だけではなく、理性も納得させたい。
派手な作品であれば、人は振り向きますが、
それらには実は魅力もなければ深さもありません。
観客はもっと素晴らしいものに値するものだと思います。」 マノエル・ド・オリヴェイラ談

オリヴェイラは観客に理性と知性と深い理解力を容赦なく求めてきます。あたかも、「私のこの映画を理解するあなたは、素晴らしいものに値する」とでも言いたげに。逆に言えば、理解できない私は何者にも値しない。そんな試され方をされているような気分になることも多い彼の作品。

この「永遠の語らい」をすべて見終わるのに4日間かかった私は、すみません、もう何者にも値しません。ごめんなさい。顔洗って出直してきます。もう、そんな風にしか言えない気持ちになるのがオリヴェイラ作品です。「ゴダールの時代は、やっぱりもう終わったよね」なんていうのと同じレベルで、決して語れないこの監督の底力、オーラ。何なんだろうと思います。難しく、静謐で、見るものを拒むようなこのストーリーの中に、大切な何かを見出せる人になりたい。そんな気分になります。


オリヴェイラと同じ視線で、「わからないとは到底いえぬ。頭をたれて己の至らなさを認めます」といわざるを得ないもうひとりの監督がこの人。
素敵な歌と舟はゆく素敵な歌と舟はゆく
(2002/10/02)
オタール・イオセリアーニ、ニコ・タリエラシュヴィリ 他

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オタール・イオセリアーニ。こちらは1934年旧ソ連グルジア共和国生まれ。99年、カンヌ国際映画祭に特別招待作品として出品されたこの『素敵な歌と舟はゆく』は、ルイ・デリュック賞、ヨーロッパ映画アカデミー選出による年間最優秀批評家連盟賞を受賞てロングラン・ヒットを記録しました。
独特なイオセリアーニワールド。えっと、嫌いじゃありません。こういう世界は大好きなはず。うん。でも、大好きだから気持ちよくなって全部見るのに5日もかかっちゃったのかしら>涙。 でも「退屈です」とは絶対に言えません。そんなことを多少は映画に造詣のある人たちの間で言ったら、「顔を洗って出直してきなさい」といわれてしまうこと必須です。だってイオセリアーニなんですもの。

なんていうか、そういう批判を許さない雰囲気のブランドというのは、あるものなのだと思います。とにかく、この「素敵な歌と船は行く」は傑作なのです。傑作ということになっているのだから、その価値がわかる私であらねばならぬわけで、そこに到達するには少々修行が足りないと思う私は、静かに頭をたれて己の至らなさを恥じて認めて、あとは黙して多くを語らず。それが正しいイオセリアーニの鑑賞方法。が、がんばる!

ちなみに、「素敵な歌と~」の次の作品は
月曜日に乾杯!月曜日に乾杯!
(2004/05/08)
ジャック・ビドウ、アンヌ・クラヴズ=タルナヴスキ 他

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これは、私は下高井戸シネマで見た記憶があります。何度か船をこぎながら、でもちゃんと楽しく鑑賞終了。で、改めて思うのですが、ゴダールもオリヴェイラもイオセリアーニも、やっぱり劇場で見るべきブランドなのだと思います。私の暮らしの中に持ち込んで、休日のベッドの上で私の意志でいつでも巻き戻したり一時停止できるような状態で見るべき映画ではない。映画館という彼らの場所に私が出かけていくことで、でじっくり対峙するのに見合った監督というブランドなのではないかと思ったりもします。
自分の暮らしの身の丈の中で楽しむだけじゃなくって、たまにはちょっと身の丈に会わないもの、なんか自分とは違う世界だなあと思うものにも、ちゃんと向き合うことも大事だと思わせてくれるブランドの存在って、実はとっても大切なのかも。

何年かあとに、また見てみたいと思う映画たちです。


ああ、その意味ではティム・バートンの「スウィニー・トッド」は、休日のベッドのDVDで見ればよかった映画。あ、違うか。そこで見たらたぶん、開始15分でやめちゃってるかも>笑
どちらにしても、ブランドはブランド店で。
ドンキ・ホーテやコメ兵なんかの売り場で見ちゃだめ! ってこと。
きちんと正規ブランド店に足を運んで見るというのが、正しいのかもしれません。

私の好きなエロス映画ベスト3

今日のテーマは「エロス」です。

私にとってのエロスな映画ベスト3。

私は昔からAVが苦手でした。いまでも苦手です。ちっともそんな気持ちになれません。男性視点から作られると、こうなるのか。これって女性としてはまったく望まないことばかりで、まったく気持ちよくないことばかりではないの。
ってか、これがセックスと刷り込まれた場合、ちっとも気持ちよくやさしい気持ちにもなれないまま、愛情とセックスを混同して行為に甘んじる女性が増えないの? 最後にはそんな風に腹がたって終わり。 ほんと、作ってる人たちって貧しいセックスしかしたことないのね。かわいそうに。なーんて思って溜飲を下げる。


とはいえ、女性と男性とでは決定的に構造が違います。エロスのありかも、とても違う。だから、映画でも「ああ、これは素敵」と思う場面は、たぶんとっても違うと思うのです。で、この手の本能を満足させてくれる映像は圧倒的に男性視点のものが多いので(いやらしいとか、Hだとかそういうスケベ心という意味ではなくて)人間にとって大切な「理性や言葉を超えて本能が呼応する瞬間」っていうのを映画の中にみつけると、だから私はすごくうれしくなるわけです。ああ、これが私だ。これが女としての私の根っこなんだ、と。

映画で、最初にそんなえもいわれぬ体験をしたのは、この作品でした。
ピアノ・レッスンピアノ・レッスン
(1998/01/21)
ホリー・ハンター、ハーヴェイ・カイテル 他

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はじめて見たとき、激しく揺すぶられました。主人公は、6歳の時に「話すのをやめた」女性エイダ。ホリー・ハンターが抑圧された彼女の内面を怪演しています。文明の届かないニュージーランドの未開の島に嫁いできたエイダ。彼女は娘を連れて、首も、手首もきっちりと黒い衣装をまとって何もない海岸に降り立ちます。
この時代、子連れで未開の地への輿入れ。冒頭からこの結婚が身売り同然の、愛のない契約であることが見てとれます。砂浜にぽつんと置かれたグランドピアノ一台の静謐な映像は、この映画でもっとも有名なワンシーン。なんともいえぬ、象徴的な映像です。


さて、このあとに続く映像に、当時30代の私はノックアウトされてしまいました。きっちりからだを包んだ黒いドレスで、彼女は嫁ぐ家までの道のりを歩いていきます。うっそうと茂る森林、霧のようにまといつく湿気と雨、そして足元は、ずぶずぶのぬかるみです。ドレスの裾が、あっという間に泥まみれになっていきます。ぬかるみを歩く音、汚れていくドレス。

ぬかるみはさらに深くなります。ここで、寸分の隙もなくまとっていたはずの黒いドレスから、突然彼女の白い足首と、ふくらはぎに続く木綿の白いレースの下着が画面を横切るようになる。ぬかるみは容赦なく、その足と白い下着を汚していきます。私にとって、この映像はもう、衝撃に近いインパクト。言葉を持たない彼女の無言の世界。あるのは、ぬかるみのずぶずぶという音と、熱帯の茂みの中の圧倒的な湿気、そしてマイケル・ナイマンの静かな力のある音楽だけ。理性を超えて、からだの奥底が反応するのがわかります。ああ、なんて上手。


ジェーン・カンピオン監督のまなざしは、女性にしか感知できない、こうしたえもいわれぬ感覚に満ちています。映画は、この未開の地での淡々とした日々を描きながら、主人公エイダが最後に言葉を取り戻すまでの過程を描いています。
彼女が、顔に刺青までしている現地の粗野な男、ハーベイ・カイテルになぜこころとからだを開いていくのか。このプロセスの描写は、男性には理解しずらい世界なのかも。特別Hで過激な描写は一切ありません。でも、私にとって彼女の繰り返されるピアノ・レッスンのシーンは、極上のエロスを味合わせてくれた特別なもので、これをもってして、自分がAVでなぜまったく気持ちよくなれないのかがよくわかった気がしました。


エロスって、行為そのものではなくて、そこはかとなく漂う空気感のようなもので、そこには液体や気体や固体が渾然と入り混じっている。頭でも、知性でも、からだでもなく、そんな空気感に触れるような部分に自分の感性が反応したとき、自分の中に眠る性の根っこのようなものが反応してエロスが生まれて、そこに愛する人がいれば、結果として本能とからだが融合して性行為という共同作業につながっていく。結果のひとつであって、それって目的じゃないんだよねー、と。

映画のラストでは、彼女が未開の地で必死で守り続けたグランドピアノが、ある結末を迎えることになります。最後に感じる感情はひとそれぞれですが、私にとっては大きなカタルシスが残った映画。言葉と文明と性と抑圧。そして海と密林と湿気とぬかるみ。ピアノレッスンに秘められた女性のエロスの視点は、私にとって忘れがたい体験でした。


さて、そんな私が女性のエロスには液体と気体と固体が入り混じっている、、、ということを、さらに実感したのがこの映画。
薬指の標本 SPECIAL EDITION薬指の標本 SPECIAL EDITION
(2007/03/23)
オルガ・キュリレンコ、マルク・バルベ 他

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小川洋子さんの同名小説を、フランスのベルトラン監督が映画化。この女性監督はエコールという作品も撮っています。こちらはかなりロリータ系の危うい性の世界ですが、女性ならではのエロスの視点が確固としてある監督で、彼女の作った「薬指の標本」の世界は、日本とフランスという人種を超えて原作の持つ世界をかなり忠実に再現しただけでなく、原作にはなかった強烈なエロスの世界を映像に持ち込みました。とてもよくできた美しい映画。この映画では、「靴」というエロスの道具が大きな役割を担っています。この靴の役割については、ここでもちょっと書きました。


加えて、ここには「失くした薬指の先」と「標本」というメタファーも隠されています。使われなくなった女子寮の地下の浴室で靴だけを履いたまま繰り広げられる、主人公と標本師の静かで過激な性行為。この抑圧された中に生まれる強烈なエロスの萌芽は、その後現実を生きられることなく「標本」という行き先にたどり着くことになります。若い女性にとっての心とからだが融合する前の性の形。うまいです。

加えて、映画にたゆたうこの強いエロス感は、多分にこの女性監督の感性によるものなのだと思います。エアコンが壊れた標本室で、常にからだじゅうにじっとり汗をかいては手のひらでぬぐう主人公の描写が、秀逸です。寂しい港町で借りたホテルの一室で風にたゆたう一枚のスリップ、試験管の中に眠るきのこ、たずねてきた少女の持つ傘からしたたりおちて、標本室に大きな水溜りを作る雨の質感。液体も、空気も固体もが渾然と入り混じった女性的なエロスのありかが、本当に上手に表現された映画。大好きです。


はて。でも女性のエロスって、こんな風に詩的なものばかりじゃありません。おおらかに、まっすぐはじけていく性の欲望ってのもあるわけで。私にとっての「映画の中で一番好きなセックスシーン」を演じたのは、この映画の中のジュリエット・ビノシュでした。

存在の耐えられない軽さ(1枚組)存在の耐えられない軽さ(1枚組)
(2007/12/07)
ダニエル・デイ・ルイス、ジュリエット・ビノシュ 他

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えっと、ジャケットにつられて、で、ジュリエット・ビノシュのセックスシーンが好きなんていう話題につられてHな映画だなんて思って見ると、痛い目に合いますので(笑)念のため。原作はあのミラン・クンデラ。舞台は激動の時代のチェコです。見られた方も多いはず。重く、長いです。

ジュリエット・ビノシュは大好きな女優さんの一人なのですが、この映画の彼女は秀逸。まっかなほっぺをして、白いソックスをはいて、ぶっといふくらはぎにごっつい肢体。およそ「エロス」とは程遠い存在感の彼女が主人公ダニエル・デイ・ルイスと繰り広げるのは、健康な性欲にまっすぐ突き進んでいく若くて明るいセックスシーンです。
もう、彼のことが大好きなんです。大好きだから、服なんて中学生の着替えシーンのようにあわてて脱ぎ捨てて彼に突進していく。抱きつき方だって、主人が帰ってきて飛びつく犬みたいです>笑。そんな彼女が、真っ白い大きなズロースで、白いソックスをはいたまま、大好き! と飛びついて元気なセックスをするシーンは、いつ見てもなんだか晴れ晴れとした気持ちになれます。


エロスとからだが、こんな風にきちんとまっすぐつながってるって、とても健康的だなあ、と。それでいくと、なんだかまっすぐつながらない女性たちのエロスを描いたのが、最初の2本だったわけで、まあそんな風にからだとまっすぐつながらないエロスってのも、文化としてはとってもおもしろくて魅力的。

でもさ、やっぱり誰だってまっすぐで健康的な性をちゃんと満喫したいわけなんですよね。でもね、その前提には信頼できるパートナーシップや心の交流と愛情がどうしても必要で、それは男性視点でAVなんかで語られるセックスという単体の行為とは、様子が違うように思うのです。単体でOKっていう女性もいるんだと思うけど、少なくとも私は単体ではNGです。


ま、この映画は後半でとてつもない重い現実に突入していくし、主人公のダニエル・デイ・ルイスはすっかり倒錯した性世界に埋没したりもします。映画としてのエロスというよりも、ジュリエット・ビノシュの存在感がとっても好きな映画です。


最後に男性視点の性への大きな危機感と憤りを感じた映画をひとつ。
SEX アナベル・チョンのことSEX アナベル・チョンのこと
(2001/08/03)
グレース・クェック、ジョン・ボーウィン 他

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シンガポール生まれのポルノ女優アナベル・チョンが、10時間で251人の男性とSEXしギネス記録を樹立した際の映像を中心としたドキュメント映画です。スケベ心で借りる人がいてもいいです。でも、この中身はどうしようもなく痛い、一人の少女の記録。
松田聖子が壊れたような風貌に、宇多田ヒカルのしゃべりかたを持つ、小柄で貧相な肢体のアナベルは、冒頭ひと目でかなり不安定な背景を抱え持った子だということがよくわかります。性的な抑圧がとても強いシンガポールで厳格に育ち、その後イギリスに渡ったところで地下鉄構内で6人に輪姦された彼女は、その後南カリフォルニア大学でウーマンリブの視点から「女性は自分の意思で自分のからだを売り物にすることができる」という大義名分のテーマを手に入れて、その研究過程の中でポルノ女優になっていきます。

自分の意思。その証明のために「10時間で300人とセックスする」という挑戦に挑んだ彼女。さて、果たしてその証明はどんな結果になったのでしょうか?


女性の性を売り物にする性産業。自分の意思、という出発点から彼女が始めたことは、結局そうした産業の中で食い物にされ、残ったのはぼろぼろに傷ついた彼女一人でした。自傷行為を繰りかえした後、彼女はポルノ業界から一切の身を引いていきます。ネットで検索して調べてみたところ、今はシンガポールでIT関係の仕事をしているそうです。過去は一切封印されたままで、自分がアナベルであったことさえ、一切触れないという今の彼女。


このドキュメントはこうしたアナベルの軌跡を淡々と描いています。だからいろいろな見方をする人もいると思うけど(単なるスケベ心で満足する人もいるでしょう。ただ、251人とセックスをしているアナベルのシーンを見て興奮する男性がいるとしたら、私は心底軽蔑しますけどね)、私にとっては心の奥底の大切な部分をずたずたにされるような経験をしたドキュメント映画。痛い、痛い映画です。

おおらかに性を語りたいなあと思います。
でも、いつの間には性はまっすぐではなく、ぐにゃぐにゃ曲がりくねって、迷路に迷い込んだような情報ばかりが子どもたちの手に届くようになりました。たぶん、このブログの文章にちりばめられた単語はネットで拾われて、いやなH系コメントがいっぱいつくのは必須という気もします。せっせと削除するしかありません。


身の回りのエロスを楽しみながら。愛情を根っこにした健康的なセックスができる。
そういう大人になってほしいと切に思います。

そういう健康的なコミュニケーションがちゃんとできるようになるためにも、女性の視点も大切にした健康的なエロスについて、もっともっと語れる場が増えて欲しいなあとも思います。ま、一時期に比べたら増えてもいるんだと思うけど、当の女性自身がまずは「自分を愛せる健康的なこころとからだ」を持っていないと、あかんのです。現代は、そういう意味で不健康な人間が増えているように思います。

ああ、また長くなっちゃったよ。ごめんなちゃい。

わたしの「しあわせ映画」ベスト3

長く長くお休みしていました。いまタイムスタンプを見たら、9月末から更新していません。そんな間にもご訪問いただいてくださった皆様、ありがとうございました。でもって、ごめんなさい。

この4ヶ月、映画を見るスピードが落ちました。子どもが生まれて、DVDを見る時間なんてほとんど取れなくなった10年ほど前。その後、一日に30分づつ3日かけて1本のDVDを見る…なんていう荒業を使いながら、それでもこつこつと見続けていた映画。子育てが一段落してからは、毎日午後10時が私のDVDタイムとなり、週に3,4本は映画を見るという習慣が定着していたのに、それがはじめて崩れました。

理由はなんだろうなあ、と考えていました。ま、人生照る日も曇る日もあって、映画を見たくないときに無理しても意味がない。このまま映画が希薄な人生になっても何の支障もないわけですが、どうやら夜のDVDタイムが辛くなったのは、「フランス語の勉強を始めた」ことに理由があるようだ、とこのところ思っています。

いや、夜に勉強しているわけじゃぜんぜんないんです。ただ、一日少しだけ会話のCDを聞いて、一日に少しだけ新しい単語を覚える。齢を重ねた脳みそは、これだけでオーバーフローするようです。夜に映像と言葉と音楽の刺激を、さらに脳みそに加えることを躊躇するようになりました。淡々と意味のないPCゲームに埋没して、寝る。それでバランスを取ってしまう日々。うーむ。
ま、そんなわけで少々滞り気味の映画ライフ。脳みそを少しづつリハビリしながら、また書けるときにぼちぼち書いていきたいと思います。だって、映画は私の大きなしあわせのエッセンスなんだもんー。



ということで、今回はそんな私が見たら絶対にしあわせ気分になれる「しあわせ映画」ベスト3を。

最初は、長い長い熱望の日々を経て、やっとやっと昨年2007年の12月にDVD化となったこちらの作品。ああ、うれしいなあ。ばんざい!!!!!

ガスパール~君と過ごした季節ガスパール~君と過ごした季節
(2007/12/07)
ミシェル・ルグラン、ジェラール・ダルモン 他

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ビデオのときのタイトルは「海辺のレストラン ガスパール&ロバンソン」。私の中では「海辺のレストラン」というイメージが強い映画です。監督は「ガッチョ・ディーロ」などで有名なトニー・ガトリフ。ジプシー、ロマ文化を描かせたら右に出るものはいないと思う、私の大好きな監督の一人です。

これは、それぞれに壊れた家族を背負う、2人の孤独な男と、一人の老婆の物語。家族のもろさ、残酷さをはらみながら、社会から落ちこぼれた3人が南仏の海辺の廃屋で繰り広げる、再生のお話です。なーんて書くと、なんだか重いテーマのように聞こえちゃうけど、この映画の中にあるのは、社会から落ちこぼれた繊細で少年のような中年男たちの無邪気な会話と、素朴でおいしそうな食べ物たちと、南仏の風。悲しくて、切なくて、そしてあったかい会話と、美しい色彩と、ミシェル・ルグランの音楽がえもいわれぬ世界をかもしだしています。


落ち込んだ日、ちょっと辛い日に、気持ちよく泣きたいと思って手に取る映画。おばあちゃんとガスパールが、浜辺で色とりどりの椅子にペンキを塗るシーンが、だーい好き!!!!

孤独の形、家族の形、愛の形。こんな風にさりげなくて、切なくて、でもきれいであったかい映画が私は好きなんだなあ、と思います。ちっぽけな自分でも、ここにいる意味がちゃんとある。がんばろうって思えてくる。トニー・ガトリフの、そんな「あったかくて切ない」世界は、さらさらきれいな涙を流させてくれるから、落ち込んだ日に何度も助けてもらっている映画のベスト1なんです。

ガトリフ監督ではこんな映画もオススメ。

ガッジョ・ディーロ
僕のスウィング
モンド ~海をみたことがなかった少年~


二本目は、前に「パリの映画」でもご紹介したこの1本。
C階段C階段
(2000/08/19)
ロバン・ルヌッチ、ジャン・シャルル・タケラ 他

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私の映画ライフの中心にあるのは、いつもこの映画かもしれません。舞台はパリのアパルトマン。そこに住むシニカルな美術評論家、ゲイの男の子、けんかばかりしているタイピストの彼女と脚本家の彼。独身主義者の中年男に、孤独な老女。そこに越してくる、子連れのシングルマザー。そんな人物群像劇なんだけど、私にとっての「映画」という存在の要素がこの1本にすべて詰まっているような気がします。

孤独と再生、ささやかな触れ合いと、愛の発見。確執と絶望。軽快で小気味のいい会話の応酬、恋のかけひき。すべてが、小さなアパルトマンのC階段のまわりで繰り広げられていきます。主人公は大衆絵画としてルノアールを見下して現代美術に価値を見出す評論家。でも、そんな彼がさまざまな体験を経た彼は、オランジュリー美術館にあるルノアールの「じょうろを持つ少女」の絵の前で号泣するシーンが、私は大好き。人生で一番大切なものはとてもシンプルなのに、それを手に入れるのはとても難しい。

大きな事件も起こりません、おおげさな展開もありません。それでも、この映画を見た2時間がいとおしく感じられる作品。ずっとずっと、私の中のベスト1の映画です。


最後はアメリカ映画。
フライド・グリーン・トマトフライド・グリーン・トマト
(2004/10/22)
メアリー・スチュアート・マスターソン、キャシー・ベイツ 他

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アメリカらしい、見たらとっても元気になる映画のひとつです。主人公は中年の専業主婦。なにもかもが倦怠と停滞。人生に疲れ始めた贅肉たっぷりのこの女性を、キャシー・ベイツが好演しています。舞台は1980年代のアメリカアラバマ。そんな平凡な、でも鬱屈した主婦が一人の老婆と病院で出会うところからお話は始まります。

この老婆が話す1930年代の昔話と、現代のアラバマのドラマが平行して展開していく中で、「女が生きていく」ことの過酷さ、悲しさ、そしてその先にある強さを描いたこの作品。軽妙に見えて、実はとても骨太で重いです。でも、その先にあるのは、大いなる解放と再生。老婆を演じるメアリー・スチュアートの演技も秀逸です。そして、その老婆の昔話の中に自分を取り戻していく、キャシー・ベイツ。夫の言うなりで、良妻賢母を演じながら日々に埋もれていた彼女が、「トゥワンダ!!!」と叫びながら車を暴走させるシーンが、ほんとのほんとに最高です。胸がすっとします。


このブログはR40限定ということで書き始めました。人生を重ねた大人の女だからわかる世界が、映画にもきっとある、と。

改めてしあわせ気分になれる映画を3本選んでみたら、そこに共通するのはすべて「再生」というテーマでした。さもない暮らしの中で、人は誰も孤独に陥ったり、行き詰ったり挫折したり、ぽっかり心に穴をあけて立ちすくむこともある。戦争や事件や大恋愛や大成功なんていう物語のような出来事は何も起こらない日々の中でも、一人ひとりの心の中には大きな大きなドラマがあるわけで。そんな暮らしの周辺を丁寧に描きながら、長い人生の紆余曲折の中にある「再生」を見せてくれる映画が、私はきっと好きなんだなあと思います。


生きてるって、捨てたもんじゃない。切ないことも、苦しいこともあるけれど、いまこの自分として暮らしてるって、たいしたもんだ。そんな希望がほっくりともるから、この3本の映画が私は大好きです。

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